種子
特 徴
じゅうねんの品種には、一般に白種と黒種があり、黒種は含油量が白種より2~3割ほど多く、隣接町村 では黒じゅうねんを専門に栽培しエゴマ油として販売しているところもあります。
市内では白種も黒種もじゅうねんを煎ってすりつぶし、砂糖、しょう油、味噌などで「じゅうねん味噌」 を作り、和え物(よごし)やめん類のつけ汁に利用したり、砂糖としょう油で甘く味付けし、餅とからめた「じゅ うねん餅」などにして食されています。
●三和町 ●田人町 ●大久町大久地区
じゅうねんは、「エゴマ」の地域愛称名(方言)です。福島県内におけるエゴマの栽培量は国内でも有数で、 各地で種子を利用した味噌や菓子が多く販売されています。市内でも、山間部においては栽培農家も多数見 られ、収穫した種子は「10年経っても蒔けば芽を出す」といういわれから、「じゅうねん」という愛称で親 しまれています。日本では胡麻よりも古くから利用され、白種と黒種と2つの品種がありますが、市内での 白じゅうねん栽培の歴史は明治時代より前からといわれ、現在でも、各農家で代々自家採種して栽培されて います。
じゅうねん
主な産地
生産の歴史的由来
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春先に土壌改良剤を全面に散布し(苦土石灰(粒)、野菜配合肥料)、 混入するように耕起して、畝幅は鍬の柄の長さ、高さは15~ 20cm ほどの畝立てとします。
5月20日~6月上旬に種を蒔き、本葉が2段になったら降雨 前後を選んで、根を痛めないよう本畑に移植します。定植後の管 理として葉が触れ合うようになったらしっかり間引き、必要に応 じてマメ系の追肥専用肥料を施します(マメは窒素少なめがよい)。 土寄せは根草抑制をかねて2回行い、1回目は草丈20~30cm 頃、 2回目は30~40cm 頃に下位の分枝の付け根ぎりぎりまでとします。 下部の葉が黄色がかった頃(実は緑色)、刈り取り、5~10本 を束ねて天日に干し、1週間前後干して穂が茶色になったら、シー トの上で棒などで叩いて実を落とします。落とした実はふるいで ゴミを取り除き、2~3日干して虫を駆除し、唐箕(とうみ)に かけてゴミやほこりを除いたら水で洗います。石やゴミなどは水 に沈むので、浮いたじゅうねんだけを取り出すように3回ほど繰 り返し洗った後、乾燥させます。
乾燥後のじゅうねんは、一升瓶やペットボトルに入れて、日の 当たらない風通しの良い場所、または冷暗所で保管します。
代表的な栽培方法
黒じゅうねん
白じゅうねん
三和や田人地区では、「胡麻は作らない」という内容の習わしが 言い伝えられており、その代わりにじゅうねんが栽培されてきた のではないかといわれております。また一方で、標高の高い山間 部などは、胡麻の栽培にあまり適さないため、じゅうねんの栽培 が盛んだったのではとも考えられています。
しかし、その地区の伝統文化として郷土食に欠かせないじゅう ねんですが、「じゅうねんの栽培には手間ひまがかかる」というこ ともあり、栽培者の数は年々減ってきているようです。
刈り取り時期の見極めは、葉が少々黄色くなった頃
天気の良い日を選び、軽く叩き落とす 湿らせたワラで結束する
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じゅうねん牡丹餅
すり鉢で30分ほど油気が出るまでしっかり擦り込むと、 じゅうねんがご飯からはがれにくくなる
① じゅうねんをフライパンで煎り(※2粒くらい弾けるまで)すり鉢で粘りが 出るまですり、じゅうねんと同量の砂糖と塩少々と合わせる
②(もち米9:うるち米1)で炊いて、赤ちゃんのこぶし大に丸めたご飯に① を押すように絡める※胡麻のように転がすだけでは絡まないため
③ 少し置くと砂糖が溶け、じゅうねんが落ちてくるので、再度①を絡める
●じゅうねん ●砂糖 ●塩 ●もち米 ●うるち米 作り方
材 料
じ ゅ う ね ん 牡 丹 餅
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在来作物と伝統・食・文化
じゅうねん栽培にまつわる民話
白 蛇 の た た り ( 三 和 地 区 )
昔、今の三和町の中心辺りに、八渡(やわた
り)の郷と呼ばれる小さな村があっただじわ。 そこに諏訪様と云うお宮があって、そこを
中心に家々が建ち並び、村の人達も信心深くて平和に暮らしていたと。
ある年の秋祭りも近づいた日、村の人達が総出で、お宮の掃除をすることになり、石段
を掃く者、草を刈る者、社(やしろ)の床をふく者とそりゃあ皆忙しそうじゃった。秋
じゃと云うに、夏が戻って来たみたいに暑く、高台から見ると稲は黄金色に実り、人々は「今
年も豊作だない」と顔を見合わせては喜んで話し合った。
そのうち誰かが「白蛇だあー」とさけんだ。皆は仕事を放っぽりなげてめずらしい白蛇を
見にはね出した。誰かが「とっつかめいろ」と云うと「見せ物にすっぺや」と云う奴も出て、 しまいには棒切れや、鎌をもって白蛇をとりかこんでしまった。
蛇はあっちこっち逃げまわり、とうとうゴマ畑の中に逃げ込んだ。けんど村人達も負けずに
畑まで追って行って白蛇を捕まえてしまった。 社にいた神主様は、これを聞きつけてとび出
して来て、「白蛇はお宮の守りじゃから、いじめないでくれや」と叫んだけれども、村人達は
神主様の云うことも聞かなえで白蛇をおっちめでいだど。その時、神主様も夢中でとめに来
たもんだから、誰かの持っていた棒切れさけずまづいで、ゴマの木の上さころんでしまった。
「いでい(いたい)」と起き上がった神主様は目をおさえで居た。その指の間から真っ赤な血が流れていた。ゴマのとげが神主様の目にさ
さったのだ。 「こりゃ、えらいこっちゃ」「神主様が大変
だ」。皆はたまげでしまった。蛇なんどどうでも良かった。蛇をはなして、皆して神主様の目
三 和 地 区 に は 、「 白 蛇 の た た り 」と い う「 胡 麻 は 作 ら な い た め に 、じ ゅ う ね ん の 栽 培 が 盛 ん に な っ た 」と い う 内 容 の 民 話 が 言 い 伝 え ら れ て い ま す 。
こ の「 胡 麻 は 作 ら な い 」と い う 内 容 の 民 話 は 、全 国 各 地 に 様 々 な バ リ エ ー シ ョ ン で 存 在 し 、 い わ き 市 内 に は 三 和 地 区 の 他 に 、 田 人 地 区 で も 数 点 存 在 し ま す 。 そ の 民 話 か ら は 、そ の 地 域 の 歴 史 的 風 景 や 世 情 、教 訓 な ど が 読 み 取 れ 、 現 在 に も 伝 わ る 伝 統 食 や 食 文 化 の 影 響 に も 、 大 き く 関 係 し て い る の で は な い で し ょ う か ?
の手当てをした。その間に白蛇は逃げてしまった。けんど、その日から神主様の右の
目はもう見えなくなってしまったど。 またそれから大変な事が起きた。大雨が
降り出して、何日たっても止まんかったり、大水が出て豊作の稲田は流され、空は死ん
だみたいになってしまった。誰云うとなく「白蛇のたたり」だとうわさされるようにな
り、気味悪がった。 「もっとおっかなえ事が起こったかも知れ
ないのに、神主様が右目失くして、俺達いさめたから、白蛇が助かって、こんで済ん
だんかも知んね」「そうだ、ゴマは来年からは作んまえ」と云うことになり、誰もゴマ
を作らんことにした。そして次の年からは、もう八渡の郷には一本もゴマの木は見当た
らんようになった。それからまた何年も豊作が続き、村が元のように平和になった。
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